樹海人魚
うーん、アイディアは面白いんだけどね。それを活かせていないというか。
キャラが立っていない。全員同じようなメンタリティで、読んでいて見分けがつかないのが、マイナスその1。確かに頼りになる先輩とか、無能な上司とか、バリエーションは表面上は構築しているが、文章として表現されると、ほとんど差が出ない。これはキャラの性格にブレがあるせいでもあろう。主人公が、イジケたキャラなのか無謀で強気なのか、唐突に変わっており、現実において一貫しているとはいわないけれど、そうなるべき状況下でそうならない、不自然な印象だけが残る。
また、場面に登場している人物を完全にフォローできておらず、誰が話しているのか、どういう行動をしているのか、場面から退場したのか、それらが判らない。必ず文章化しなけれはならないというものでもないが、推測で補うことすらできないのはちょっと違うのではないだろうか。おそらく書き込みが足りないということなのだと思う。書き込んで、刈り込む、という手順を踏んだほうがよいように思う(エラソー? 自分)。
さらに設定についても書き込みが足りない。歌い手と指揮者という面白そうで独創的な設定であるにもかかわらず、それらが具体的にどのような機能で、どのような効果を発揮し、という具体性を欠いているため、非常に判りにくいモノとなっている。例えば、赤い糸についても、それが概念としての比喩なのか、具現化させた機能なのかが、わからない。推測もできない。これはユーザーフレンドリーではないだろうと思う。
あと、指揮者とリンクが切れた歌い手は人魚に戻って暴走するという設定であるにもかかわらず、重要なポジションを占める2名の登場人物(遠藤長官と主人公自身)が、設定をオミットしているのは、あまりにも卑怯なのではないだろうか。この物語は人魚と歌い手という2面性を持った存在をどう捉えるかということが重要であり、それを根底から覆すような後付けは作者が物語の全体把握をせず、場面単位での盛り上がりに流されてしまったのでは、と勘ぐってしまわざるを得ない。
まあ、事ほど左様のとおり。せんじてまとめれば、文章力が追いついていないなぁ、ということに尽きると思う。
ともあれ、かなり否定的に書いてはいるが、根本のアイディアである「人魚」はかなり魅力的なのである。それを物語としてどう語り下していくかは、作者の今後次第であろう。
樹海人魚 著者:中村 九郎 |
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