うさぎの映画館
※注意! 本筋とは関係ありませんが作品の謎に触れる記述があります。
非常に丁寧につくられた青春小説(ってまた恥ずかしい形容を使わざるを得ない)でした。ジュブナイル小説ですよ。と、そういうカテゴライズでもいいのだけれど、まあ分別することにあまり意味はないから、それはそれ。
特に大きな事件が起こることもなく、不思議な出来事が発生することもなく、ごく普通の少女が、ちょっとしたきっかけで、自分の過去と向かい合い、そして明日に進んでいくことを確認する。そういう話である。
ライトノベルというエンターテイメントにおいて、ここまで平凡で日常の描写だけでいいのか? というくらいのなんにもなさ、ではあるのだけれど、しかしそれは叙事がないだけであって叙情は十分すぎるほどあるのだ。つまり、登場人物達の心情を丁寧に追いかけることで、語りかけるタイプの小説であると云うことだ。
現実において、謎や不思議などはそうそう起こるものではないというのは誰もが承知しているところであり、そういう日常を切りとる小説というもものあってしかるべきである。それは本来、少年少女向けの小説という若さという特権を持つ者達に発信されるべきカテゴリーにあり、そして、かつてはそういう小説を受ける枠があった。
しかし、現在のようにライトノベルという、よりドラマチックな(あるいはカリカチュアライズされた)、娯楽小説ジャンルに市場を席巻されてしまっている中で、本作のような良質だけれど「普通の物語」に対する受け皿な、かなり少なくなってきている。なくなってしまったといってもいいかもしれない。もっとも自分が知らないだけなのかもしれないけれどね。
ともあれ、そういう意味においても(?)、このようなタイプの物語がもう少し増えるといいなぁ、と思うわけである。
今回の、ラストのサプライズだけは、ちょっと驚いた。ああ、そうか、なるほどね。といった感じである。冒頭から、若い女性をいくら信頼するにたる人物だろうといって、それなりの年齢の男性におまかせってゆだねられる父親像が想像つかず、それが読む上で引っかかりになっていたのだけれど、なるほどそういう真相があったのか、伏線として生きていたのか、と、最後の最後でミステリーとその答えというフォーマットでの開陳があり、これにはやられた。心地よい驚きである。
うさぎの映画館 著者:殿先 菜生 |
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