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2007年4月30日 (月)

鹿男あをによし

もっと若書きで荒っぽいかな、と思って読み始めたのだが、どうしてどうして、実に正統派のファンタジーであった。物語的にも文章的にも饒舌すぎず小手先のテクニックに走らず、素直で読みやすい。あまりにも素直すぎて、物足りないと思うむきもあるかもしれないが、自分としては好感触だったなぁ。
ネタとしては、これまで培われてきた同傾向ジャンルとしては、巷で騒がれるほど奇想天外という程ではない。しかし、人物造形(鹿も含む)や、語り口のおかし味などが、要所要所に散りばめられていて読んでいて楽しい。この「楽しい」というのが、小説としては重要なのだ。(それにしても鹿のフン、出しすぎ(笑)!)

とりあえずファンタジーと括ってみたが、実はその小説のジャンルってなんだろうと思う。伝奇モノというには飄々としすぎているし、寓話というには(いい意味で)俗的すぎる。現在の日本の状況ではファンタジー・イコール・エピック系とみる傾向があるように思うのだ。
というわけで、ひょんなことから奈良の女子校の臨時教諭となった先生と鹿と狐と鼠の冒険。そこに日本の古代史(邪馬台国など)が絡み、スポーツ大会系の物語が入り込んで、そして淡い恋物語であったりもする。全体として夏目漱石の「坊ちゃん」をオマージュ的にモチーフとして使っていたりもする。こんなもりだくさんの娯楽を端的に指し示すジャンルを、自分は思いつかない。多分、一番近しいのはあらゆる奇想独創暴走を容認内包しなおかつ類型化できない異端を娯楽として提供する「日本ファンタジーノベル大賞系ファンタジー」なのかもしれない。
ま、実は、そんなまわりくどいいいかたをしなくても、これは一級のエンターテイメントである。といえばそれでいいともいえるか。

自分は古都好きなのだが、観光巧者の京都よりはどことなく地味で控えめな奈良に親近感がある。なわけでそれなりに訪れていたりもするわけだが、文中の場所がなんとなく想像がつくせいで、より面白く読むことができたのかもしれない。そして、読み終えた今、無性に奈良に行きたくなっているのであった。

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鹿男あをによし Book 鹿男あをによし

著者:万城目 学
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さよなら絶望先生(8)

手短に。
一番笑ったのはアゴ長キャラ進化への考察。相対化できないと独自の異形化するのはどの世界でも一緒だが、その症例として、アレ(アゴ長)は、ねーだろ、と。いや、逆にアリなのか。いずれにせよ、笑った笑った。

久米田の作風が今回若干変わったような気がしたのが気のせいだろうか。どこかかというと、どの作品でも最終ページの最後の数コマで、ものすごい速い展開でのとんでもない世界/オチ/暴走に発展させて、しかも拾わない。まあ元々そういう感じではあったのだけれど、今回、そのムチャブリ度がひでーな(いい意味で)と思ったもんで。
もしかしたら、アニメ化の影響か? だとしたらどんな影響なんだよ!?

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さよなら絶望先生 第8集 (8) Book さよなら絶望先生 第8集 (8)

著者:久米田 康治
販売元:講談社
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2007年4月26日 (木)

トニーたけざきのガンダム漫画(2)

私とてファースト世代のはずだ!

というわけで(?)、相変わらず、というか、前巻と比較して3倍馬鹿バカしくなって登場! どのネタもおかしいんだけどさ、やっぱシャアいじりが一番ノッテルかなぁ。

アニメのマンガ化や写真のマンガ化は、かなり昔から発刊されているのだけれど、自分はあまり好きではなかったんですよね。なんかうそ臭くて。そのパチモン感はどこから来るのかというと、マンガは絵による表現だけれど、単なる絵ではないんですよね。動線等の表現記号と一体的に描かれることにより、場面1コマを切り取った絵ではなく、動きを内包する。1コマが、(フィルム的な1コマ)ではなく、カット的になる。逆にいえば、アニメのセルなどをそのままコマに当てはめてもマンガのような効果は生まれないし、ヘンに記号を追加しても違和感しか生まない。それが、うそ臭さの原因であろうと。

で。今回、フィギュア(ジオラマ)写真のマンガや、アニメセルのマンガを読んで、あまり違和感がなかったんですよ。まあネタがネタだけに「どーでもいーじゃねーか、んなこたぁ」的な気分があったことも事実ですが、それ以上に、ぶれやぼかしといったCG細工による動きの表現が、写真に馴染んで描かれていたせいであろうと思うわけです。

表現って日々進歩しているんだなぁ、と単純に感心した次第です。

ところで、すでに誰かが指摘しているのかもしれないが、本巻を読んで思ったコネタ。ウッディ大尉は、なんで大佐じゃなかったのか。つまり、ファンファンに乗っているのなら、大尉じゃなくて大佐だろ!? っちゅーことですが。

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トニーたけざきのガンダム漫画 2 (2) Book トニーたけざきのガンダム漫画 2 (2)

著者:トニーたけざき,矢立 肇,富野 由悠季
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2007年4月25日 (水)

ギロチンマシン中村奈々子 (学級崩壊編)

シリーズ2作目。日日日らしい成長痛小説で、本作はロボットと人間というココロの存在を問うにはあまりにも典型的な設定であるため、アイデンティティ追求へのモティベーションは実に直球であると思う。もっとも、その表現(言葉選びのセンスや今風のツッコミ文体など)がいつもどおりとは云え破天荒なせいで、非常にアクロバティックなライトノベルになっている。でも、結局は直球。そんなお話であった。

これが日日日の作風ということは判って読んではいつのだけれど、正直のところ最近ちょっとお腹一杯かなぁ、食傷気味かなぁ、と思わなくもない。

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ギロチンマシン中村奈々子 (学級崩壊編) Book ギロチンマシン中村奈々子 (学級崩壊編)

著者:日日日
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2007年4月24日 (火)

イニシエーション・ラブ

注意! 文中に作品の本質に触れる書き込みがあります。未読の方は要注意。

驚愕のラストというふれこみ事前情報が多すぎたせいで、読む前からかなり構えてしまったのであった。
例えば。「主人公が女性だった」あるいは「老人だった」はたまた「すべては妄想だった」、エトセトラエトセトラ。とにかく「これまで積み上げていた物語は一体なんだったよフザケルナ卓袱台返し的どんでん返し」を、半ば期待してしまったところもあって、そういう意味において、なんだ、普通じゃんか、と思ってしまったのだった。
確かに、時間軸をミスリードさせることによる叙述トリックで、読み終わり、なるほどそうかと、まんまとだまされたのは事実で、このエピソードは実はこうつながり、こう動いていたのかという確認するために、読み返すのも一興だろう。そうしたい気持ちはよく判った。

しかし、だ。それはそうとして、だ。自分は、とてもじゃないが再読する気にはならなかった。少なくとも、今それをするにはあまりにもキツイなと思った。これは作品のよしあしが理由ではない。本作で描かれている男性の身勝手、女性の打算が、自分にとってあまりにも生々しくイタイ内容であったせいだ。ある意味ホラー小説といってもいいかもしれない。
ここで自分の真情や過去をを吐露することは、そんなに面白いものでもなかろうから、省く(思わせぶりと云わば云え、だ)。誰しも絶対に傷はあるはず、だから判っていただけると思う。
ひとつだけ具体的なナイフを例示するなら、ヒロインが主人公に「たっくん」というニックネームを付けた理由に思い至り、そしてそれが主人公のうっかりした発言より前であったことに気づいた時点で、背筋が寒々とした。そういうひとつひとつの純愛的エピソードの裏に隠れた真実。それが現実なのだ。そしてそんな経験は二度とゴメンだ。

そんな生々しい感想を持ったということは、翻ってみれば本作が見事にリアリティのある作品であることの証明となるのだろうか。

いずれ、自分がそんな過去もあったね、と振返ることだできるくらいに老成したら、再読することもあるのかなぁ。

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イニシエーション・ラブ Book イニシエーション・ラブ

著者:乾 くるみ
販売元:文藝春秋
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2007年4月20日 (金)

世界の中心、針山さん(2)

前巻に比べると若干のパワーダウンがあるように思った。今回は戦隊ヒーローと悪役下っ端戦闘員のモチーフがかなりのウェイトを占めている。もちろんつまらなくはないのだけれど、ただスカッとするような話ではなく、自らのアイデンティティの確認というストーリー展開であったがために読んでいてヌケの悪さを感じてしまった。

ま、作家の特質である、(一見矛盾しているようだが)殺伐とした爽快感とハッピーエンドの大団円は、今回もしっかりキープしていて、そういう意味では読んで損なし安全牌の作品ではある。

少しずつキャラクターが固定化されていって普通だけどヘンな街、という舞台も出来上がりつつあるので、いずれ主役は人から場になっていくのかなぁ。とそれはそれで期待する。

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世界の中心、針山さん 2 (2) Book 世界の中心、針山さん 2 (2)

著者:成田 良悟
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2007年4月19日 (木)

精霊の守り人

これまで幾度となく主張しているのだが、自分はファンタジーというジャンルについて、見かたが厳しい。ファンタジーの醍醐味は(概念としての)異世界の構築にあると思っている(それは仮に舞台が実社会に立脚していても同様である)。
故に既成の世界観を移設しただけのファンタジーについては、かなり閾値をあげて読んでしまっている。
同じようなことを考えている人は、やはりいるもので、今回解説をしている恩田陸も同様の趣旨(自分ほどきつくはないにせよ)のことを書いていて、我が意を得たりと思った。

さて、本作。実に素直で王道のエピックファンタジーであった。的確で過不足のないキャラクター造形、ストーリー配置により、とても読みやすく、その物語を堪能することができる。
独創的な世界観か? といわれると、それはちょっと違うかなとも思うが、それは確固たる文化人類学的素養に基づいての「どこかできいたことのある、しかし具体的にどこと特定のできない世界というリアリティ」ということだと思う。少なくとも、どこからかの模倣的世界ではない。ということだ。ヘンに奇をてらってのムチャ世界(も嫌いではないのだけれど)よりは、ストーリーに入りやすいという利点はあるといえよう。

個人的には、和製ファンタジーであるならば、無国籍性はほしいが、固有名詞などの世界を連想するタームについては、和風でもいいのではないか、と思うところがある。一般的にラ行の名づけについては、鼻白むことが多いのだが(偏見であるとは我ながら思っているが)、本作に関しては西洋風ではないところはいいとして、なんとなく馴染みにくいかな、と思うところもあった。まあ耳ざわりのいい音調を選んでいないということだと思うし、意図的でもあろうし、あまり拘泥するべき点でもないから、いいけれど。

以上、勝手な自己主張をしてみたが、エンターテイメントとして一気読みの面白さであった。さすが良作という評判はウソじゃなかったなぁと思う次第である。

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精霊の守り人 Book 精霊の守り人

著者:上橋 菜穂子
販売元:新潮社
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2007年4月17日 (火)

こどものじかん(3)

勝手に告白するが、自分は他人と接触するのが実はかなり苦手なのである。握手などは本当に嫌いなのである。自己のガードが堅いのだろう。たぶん。

それとは矛盾するのかもしれないし、だからこそなのかもしれないが、心を許した相手に対しては、かなりの甘えん坊将軍になってしまうのだった(あ、もちろん、異性に対して、だ)。最近のテクニカルタームでいえば、なんのことはないツンデレ? まあそんなカテゴライズはどーでもいい。
甘えるということについても、色々あると思うが、特に、肌と肌が触れ合うスキンシップが大好きなのだ。抱き合う愉しさ気持ちよさというものは、確かにある。と声を大にして訴えたい。それも、服の上からなどではなく、直接触れ合うことの心地よさ、気持ちよさは、多分、誰しもが経験していることだとは思うが、そこに無条件の楽園が存在するといっても過言ではないと思う。
生物的に考えれば、皮膚には多くの感覚細胞があって、それらが触れ合うことによって得られる刺激が、交感神経と副交感神経をともに刺激して、興奮と弛緩を共存させる状態になっているから心地いいのだろうか、とか、勝手な素人考えを巡らせたりもするが、原理や理屈などは実はどうでもよくて、そこにある安心感と高揚感は何者は変えがたい、だからこそスキンシップの必要性や重要性が昔からいわれているのだ。当然だろう。と、思う次第である。
だから、性的な意味ではなく(あってもいいけど)、裸で抱き合うということは実はそれだけで意味があるし、必要があるのだよ。とそんなことを、本巻の中のヒトコマを見て思うのでありましたとさ。

ストーリーとしては、まあ展開があるようなないような。DTだっていいじゃない!! と応援してみたり? でも宝院先生がいるからいーじゃねーか、ふざけんな! と勝手に憤ってみたり? 自分こそDTパワー炸裂だってことですかねぇ。トホホ。

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こどものじかん 3 (3) Book こどものじかん 3 (3)

著者:私屋 カヲル
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ミミズクと夜の王

実にストレートな物語なのである。ヘンにトリッキーでなく、驚愕のどんでん返しがあるわけでもなく、予想外の展開もない。
と書くと、ステレオタイプの凡庸な作品であるかのようだが、そんなことはけしてない。とどのつまり、物語とは(人によって数は変わるが)想像し得る選択肢の中から、ひとつひとつ未来を選び出すことでのみ成立するものである。それは型にはまったステレオタイプを意味するのではない(ステレオタイプとは選択肢のない既定の一本道を単になぞる行為だからだ)。
つまりなにが云いたいかというと、この小説はごく真摯に語られた物語であるということだ。

全体をつつみこむフォークロア(御伽噺)調の物語、語り口がどこか懐かしさと暖かさを感じさせるのである。そしてだからこそ、そこはかとない悲劇性を想像せずにはいられなかった自分があった。おそらくそれは、自分はこの手の話を読みすぎていて、「この話はどこかで必ずどんでん返しが起こって、ハッピーエンドにはならないのだろう」と邪推してしまったせいだ。なんというスレた自分。だから、ラストで誰もが納得できるであろう幸せを手に入れて終わったことに対して、物語的には大団円なのだがしかし、「はたしてそんな甘さでいいのか?」と思ってしまい、そんなにひねくれなくてもいいのに。と自分を反省するのである。

これは好きずきなのかもしれないが、登場人物や国の名前などの固有名詞として、西洋風のカタカナ名詞を選んだことについては、ちょっとどうかな、と思うのだった。
この物語はいわゆる普通の異世界ファンタジーではなく、むしろ、ファンタジーの形式を借りた寓話として読むべき、あるいは書かれるべき小説であったのではなかろうか。それは、語り口がフォークロア調だからということも起因しているのだけれど、カタカナ名詞を使用することによって、名詞が特定のモノを規定してしまう。その規定先がありふれた通俗的な異世界ファンタジーを連想してしまうようでは、作品の本質的なよさを減じているように感じたのだ。
第1章あたりの、主人公ミミズクや魔王などの日本語的ネーミングを用いる語りの部分では、固有名詞が日本語であるが故に、特定のモノではなく、象徴/概念を形而下として表したモノとなり、固有名詞ではなく一般名詞としてのニュアンスをより醸し出すように機能しており、実に寓意的な物語となっていた。それをラストまで書ききってもらえれば、この物語は、ファンタジーではなく、いしいしんじの描くようなより普遍性を持った寓意性の高い御伽噺となったのではないか、と思う。

と、重箱の隅をつつくコメントをはさんではみたが、ここ最近まれにみる大ヒットだったのだ。誰かに紹介してくてしかたのない物語だったのだ。傑作。
あとは、せっかく美しく完結したのだからヘンに続編などに色気を出さず、このまま閉じておいてほしいと願うばかりである。

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ミミズクと夜の王 Book ミミズクと夜の王

著者:紅玉 いづき
販売元:メディアワークス
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2007年4月16日 (月)

幽霊人命救助隊

バカミスですなぁ。幽霊が人命救助という基本設定からして、かなりの暴投悪球打ち。そして、文中のそこここに散見されるスラップスティックなギャグやマンザイ的な言語ギャグ。いやぁ、バカだなぁ。ただそれが前面に押し出てきて作品全体のトーンは、普通(?)のエンターテイメント小説から逸脱はしておらず、(そりゃさすがに嘘くさすぎるんじゃないの?的)バカっぽさまでには陥っていない。そのバランスは上手いと思った。

物語としては自殺を食い止めるという大目的を刻々と追うという形式になっていて、その原因として、いじめの問題やうつ病など現代社会の課題を提示している。社会的要素を導入することによって、専門知識小説としての面白さが出て、内容にリアリティが増し(増してるかなぁ?)、かつ話がマンネリ単調になることを防ぎ、あわよくば読者への問題提起もできていて、これも上手いな、と思った。
ただその分、若干、教養小説っぽい印象にもなってしまっていて、その按配は難しいところだなぁと感じた。まあ、上述のバカ部分とで相殺というところだろうか。

ラストについては、概ね予想どおりの幕の閉じかたで、十分納得はしているのだけれど、ただ、個人的に「死」というものに対する概念として「永遠の別離」の他に「存在/記憶の忘却」があると思っており、実のところ後者のほうがより大きなウェイトを占めている。故に、このラストは、実のところハッピーエンドではないのだ。もともと死者が主人公なんだから、ハッピーな終わりかたなどないんだろうけれど、ね。逆にヘンにハッピーエンドにしたら、物語としてのバランスがくずれてしまうだろうとも思うのだが。なかなかベストな選択というものはないですね、ということだ。

とりあえず、読んで正解。

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幽霊人命救助隊 Book 幽霊人命救助隊

著者:高野 和明
販売元:文藝春秋
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2007年4月12日 (木)

タビと道づれ(1)

ひさびさの表紙買い。
ツッコミどころはいろいろあって。

例えば。絵づらでいえば、登場人物の年齢と絵のギャップがあまりにもでかすぎる(どうみても中1のタビ、どうひっくり返してもティーンのニシムラ)んじゃないのか? とか。

例えば。物語的には、コミュニケーション不全の主人公にイライラワジワジされられて、お話に集中できないじゃん! とか。

でも、そのような不満は実のところさほど問題ではなく、本質的にはかなり面白かったのである。なぜならば主役は主人公達ではなくて、閉じた世界そのものであるからだ。外界から途絶し、今日という日を繰り返す世界。アイディアとしてはそんなに突飛ではなく、それなりに前例もあるのだけれど、そこから(場所からというよりも状況から)脱出しようとする者の、挑戦していくことで少しずつ成長し関係を深めていくという二重構造が、リーダビリティになっていると思う。

1巻目は、まだまだ世界の提示段階である。これからどのように世界が展開していくのか。ちょっと期待している。

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タビと道づれ 1 (1) Book タビと道づれ 1 (1)

著者:たな かのか
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2007年4月11日 (水)

オオカミさんと“傘”地蔵さんの恋

相変わらずバカバカしいお笑いを一席ですよ?
お色気とお惚けが満載のおバカなスラップスティックコメディではあるが、今回は物語の大きな転換期というか、クライマックスに向けてのしかけづくり的なエピソードが続くため、いまひとつ突き抜けた感じは少なくなっているようでもあった。主役級登場人物も3名しか出てこないしね。

以降、どう話が動いていくのか。いや大きな方向性はみえたので、どう表現するのか、どう読者の(自分の)期待をいい意味で裏切ってくれるのか、が期待大、といったところです。

残念なことは、今巻はまるまるひんぬーだらけだったことかなぁ。いや、だからどうだというわけでもないし、第一、活字本なので全然負荷価値も(誤字にあらず)へったくれもないんだけれど。
ただ、地蔵さんの一人「よがり」っぷりはちょっと萌えた。ということは付け加えておきたい。

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オオカミさんと“傘”地蔵さんの恋 Book オオカミさんと“傘”地蔵さんの恋

著者:沖田 雅
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2007年4月10日 (火)

塔の町、あたしたちの街

前作「永遠のフローズンチョコレート」が個人的に非常にスマッシュヒットだったので、本作も読んでみたのだが、なかなかに感想が難しいなぁ。悪くはないんだけど、自分の求めるものとの若干のギャップがなきにしもあらずだなぁ。と思うのだった。

冒頭から、いきなり宙に浮かんでいたり羽がついていたりという、普通の人達じゃない。という設定についてなんの説明もなく、話が進んでいくのにはちょっと驚いた。実はその手法は正しい作話技術であって、説明過多な昨今、ちょっと異質な世界であるという雰囲気づくりを文章の力で感じさせようとしている(ただ、エクスキューズがあまりにも中盤以降となり、一時はどんな話なんだよ。と不安になったりもしたが)。

ただ、そんな曖昧な書きっぷりのせいか、冒頭からしばらくは話が進まない。かなりスロースターターなのである。主人公達が図書館に行くあたりから話が転がりだし、歪気という設定について判りはじめてきて、ああ、なるほどね、とようやく作品の中に入ることができた感じだろうか。

そこまではいいのだけれど、結局のところ、その歪気という根本設定とそこから派生する様々な設定や異能については、感想としては微妙で、いわゆるライトノベル的異能伝奇的展開に集約されてしまい、物語としては、ありがちなものに平準化されてしまったように思う。別に破綻しているわけでも、完全なステレオタイプというわけでもないのだが、もう少し、異端の謎であっておよかったのではないか。例えば超人設定なんかはいらかなかったのではないか、と思う。

それは、自分は扇智史について、ある程度の期待があったせいなのだろう。自分の中で扇智史とは、心情を(ライトノベル的テクスチャではない)今風の言葉で表現するのが上手い作家であるという認識があって、それは本作品においても発揮されていて、ちょうど中間地点あたりの主人公達の心の動きや葛藤は見事だと思った。
だからこそ、ヘンに超人設定とかアクション場面とかそういうサービスは排して、むしろ、ちょっと不思議程度の環境設定状況設定で、そんな中で普通の登場人物達がどう思い考え答えを見出していったかというような物語、大雑把に云ってしまえばビルドゥングス的な物語であってほしかったなぁ、と思うのだった。

そういうわけで自分で勝手にハードルを高くして読んでしまったのかもしれない。ちょっといい読み方ではなかったかなぁ、と思う次第である。

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塔の町、あたしたちの街 Book 塔の町、あたしたちの街

著者:扇 智史
販売元:エンターブレイン
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2007年4月 9日 (月)

ラルΩグラド(1)

1巻目ではまだまだ序盤。今後どう化けていくのかも判らない。つまらなくはない。しかしそれは小畑健の超絶作画に負うところが大きいのではなかろうか、と思わなくもない。この物語は基本的には、良くも悪くもジャンプ的RPGマンガなのである。友情と努力と勝利を通じての主人公達の成長を縦軸に、数値化分類化しやすい敵設定と戦闘という横軸によって、ストーリーを組み立てている。実のところ、そういうステレオタイプの物語は嫌いなのだが、しかし、マンガはやはり絵なのだった。絵の力は恐ろしいモノで、それでも読んでしまうのだった。

前作「デスノート」のダークな雰囲気を引きずって読みはじめてしまったせいで、読み誤ったところもあるのだけれど、かなり軽い話でもある。乳を揉むために戦う主人公というふざけた設定には、かなり戸惑いを感じたのだが、1巻目後半くらいになると慣れてしまったし、小畑の乳絵に萌萌渦渦した。そんな読み方でいいのか? と自悶自闘しないでもないが、まあいいか。

ともあれ、まだまだこれからどんどん話は変化していくだろうし、一区切りついたところで再度、作品について考えてみたいと思う次第である。

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BLUE DRAGONラルΩグラド 1 (1) Book BLUE DRAGONラルΩグラド 1 (1)

著者:鷹野 常雄,小畑 健
販売元:集英社
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しょこれみかんぬ

なにかと話題の「しょこたん×みかりん」写真集。ああ、こんなキャッチフレーズはなんか嫌だなぁ(笑)。

自分はそれはもうかなりの昔から蜷川実花のファンで、あのカラフルな色使いから発せられる脆く危うい世界観が大好きなのである。今回の写真集についても、だからアイドル「しょこたん」の写真集ではなく、写真家「蜷川実花」の写真集ということで購入したわけだ。その視点においての感想としては、相変わらず素晴らしい、の一言である。花をモチーフにしての作品はやはり真骨頂ともいうべきで、まあカラフルで、毒々しい。それが逆説的に無垢性を表現しているようでもあり、見飽きない。さすがである。

といいつつ。中川翔子に興味はないのか? といわれればそんなわけもなく、もちろん好きなのでした。今回の写真集は、だから一粒で二度美味しい、ということだ。(結局、そういうことなのか? 自分)

さて、今回の写真集を観て思ったのは、しょこたんの魅力とはなにか? ということ。彼女のヲタク気質の本質的な面白さは別として、もっと表層的、グラビアアイドル的な魅力とは、あえて極論するならば「B級」であることではなかろうか。元々グラビァ~ンなタイプでもポジションでもなく、ちょっと可愛い普通の女の子がどこでどう間違ったのかエロティックな衣装を着せされたというか、本来エロティックな衣装のつもりではないのに結果そうなってしまったコミケのコスプレというか、そんな王道ではない感じが常につきまとっている。意図的に覚悟してのグラビアではない、そんな無自覚性がしょこたんのグラビアにはある。

まあ、実際には、非常に意図的かつ積極的に撮られているのだけれど、しかし単純なビキニ写真ではなく、例えば泡ビキニしかり、花ビキニしかり、水着を隠匿しようとしつつ、かつエロティシズムを強調せず、若干のアート性を加えて、というズレが、逆に扇情的になっているともいえるのではなかろうか。

と勝手に妄想してみたが、まあ買って損なしの写真集であった、と。

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しょこれみかんぬ中川翔子×蜷川実花写真集 Book しょこれみかんぬ中川翔子×蜷川実花写真集

販売元:ワニブックス
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2007年4月 6日 (金)

からっと!(1)

知人に勧められて読んでみた。魔法少女というジャパン特有のサブカルチャーモチーフの変化球、パロディということになるのだろうか。まあスカシ加減が面白くもあるが、自分の中にはひねくれ精神と同時に直球愛好家の側面もあって、茶化しに徹した作品に対する反発も無きにしも非ずなのだけれど、まあカノンの谷間に免じて許しますよ。

いつものとおり、総括は完結後に。

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からっと!(1) Book からっと!(1)

著者:渡辺 祥智
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ARIA(10)

まったりのんびりゆる~い、といつものようにいい意味でかわりばえのないヴェネツィアライフを描いている。ぜーんぜん成長しないんだけど、それもまたよし。といったところだろうか。

今回のチェックポイントとしては、3大妖精の年齢判明(?)ですかね。自分の想像では、これまでのエピソードの積重ねや時間の経過からすればもう少し上なんじゃないのかなぁ、と思ってたんだけど、あれだと、灯里とかとさして変わらんってことになってしまうのでは? まあそこらへんしっかりと設定しているとも思えないので、いいんですけれどね。それが重要なお話でもないし。

あ、成長なし。といいつつ、暁君の気持ちだけはちょっと成長してるか? 微笑ましいやら許せんやら。父親モードに入ってるのかなぁ、自分。

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ARIA(10) Book ARIA(10)

著者:天野 こずえ
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2007年4月 5日 (木)

涼宮ハルヒの分裂

相変わらずのドタバタっぷり。ではある。それを日常といっていいのか、普通なのかというのは、オミットするが、いずれにせよ、楽しい学生生活だとは認めざるを得ないだろ? というそんなお久しぶりの涼宮ハルヒである。

第2章突入後のプラスマイナス編としては、残る敵対宇宙人が今回のテーマということなのだろうか。とりあえず作品自体に関する感想は後編が出るまでのお預けだ。

読んでいていやに書組みがコンパクトだな。と思ったのだが、なるほど「分裂」というタイトルとそういう関連性があったのかと、ちょっと面白かった。

あとは、そうそう。やっぱ朝比奈さんはサイコーですな。作中でもあまり萌え萌えいってほしくないんだけど、こればかりは、しかたないのですかね。至高の(嗜好の?)萌え姫だからねぇ。

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涼宮ハルヒの分裂 Book 涼宮ハルヒの分裂

著者:谷川 流
販売元:角川書店
発売日:2007/03/31
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新本格魔法少女りすか(3)

物語も佳境。全体を通しての謎(秘匿された設定)の真相についてもほぼ明らかにされ、いよいよクライマックスに向けての熱膨張を開始したといったところだろうか。それにしても主人公達に対する仕打ちはひどいなぁ、西尾維新。小学生を磔かい? もっともそんな殺伐さが心地いいんだけどさ。

しかし、新書サイズのミステリーレーベルから発刊されているから、一応は(多分、広義の)推理小説として自分は認知しているのだけれど、それにしてもライトノベルとはどこが違うのだろうか、と疑問はあるのだ。まあ、厳密にとらえれば、だ。ミステリーとライトノベルは同一のレベルでのカテゴライズをすべきものではないということは承知の上。ミステリーは「ジャンル」であり、ライトノベルは「対象」であるという本質からすれば、別にライトノベルのミステリー(あるいはミステリーのライトノベル)というものは成立する。現にそういう小説も多く発刊されている。

が、「ジャンル」として、あるいは「モチーフ選択」としてのライトノベルという考え方も一方ではあり、例えば、超人バトルであったり、DTラブコメであったり、そういう物語の形而上的な本質論としての区分けというものもある。ミステリーが手法であるとともに作品の本質としてある場合があるのと同様に、だ。

「りすか」についていえば、確かに謎(困難な状況でもいいが)の提示とその論理的解決という目線で捉えれば確かにミステリーではある。しかし、より作品の本質を問えば、むしろ、特定のワンアンドオンリーの特殊能力を持った超人たちのパワーゲームというジョジョ的設定ではなかろうか。少なくとも現時点まで読むかぎりでは、そちらの設定がより作品の核を云い表しているように思う。

まあ、だからどうなのよ、ライトノベルでもミステリーでも、面白ければいんじゃね? というものまた正しい見識である。単にちょっと思ったんだけどね的疑問なので、結論がほしいわけでもない。
いずれにせよ、次巻完結の時点ですべからく考察することになるのだろう(しないかもしれないけれど)。

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新本格魔法少女りすか3 Book 新本格魔法少女りすか3

著者:西尾 維新
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新本格魔法少女 りすか2 Book 新本格魔法少女 りすか2

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新本格魔法少女りすか Book 新本格魔法少女りすか

著者:西尾 維新
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2007年4月 4日 (水)

かみちゅ!(2)

神様中学生だから「かみちゅ!」 堂々完結!
アニメとつかず離れず的なコミカライズ版ではあるが、絵的にも話的にもこの異様なまでの完成度は何!? というくらいに素晴らしい出来栄えのマンガであった。概ねの感想は1巻目と同様で、友情と愛情と成長の大らかな物語をまったりご堪能という感じ。とりあえずしのごのご託を云ってる暇があったら読んでね、と。

読み終わっての、ちょっとだけひねくれた感想。これって曲解して読むと新興宗教の話と思う人もいるかなぁ、と思った。まあ本当は違うんだけどね。どこがというと、神様は実際に誰もが感じることができることとか、排他的、閉鎖的ではないところとか。これはなんのことはない、八百万の神の一人にしかすぎない。まちの神様を日常生活の延長線上で祀るという普通さが、日本のかみさま感として、とても納得できるかたちで描かれているということだ。うーん、堅く考えすぎか? 単純に「ちゅっちゅっちゅー!」とばかりに笑えばいいんだよね。

DVDBOXがでるのが待ち遠しいっす。出ないのかなぁ? バラバラに買うのって好きじゃないんだよなぁ。

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かみちゅ! 2 (2) Book かみちゅ! 2 (2)

著者:鳴子 ハナハル,ベサメムーチョ
販売元:メディアワークス
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2007年4月 3日 (火)

バカとテストと召喚獣

タイトル買い。ライトノベルのもうひとつの潮流である奇妙奇天烈学園コメディの系譜であろう。萌え、ツンデレ、ラディボーイ、バカ、策士等々、登場人物構造も実に典型的な配置になっていて、王道というかステレオタイプというか、そういう感じのお話であった。話としてゆるいし、オチもまたアンチクライマックス的バカバカしさでゆるゆる~なのだ。が。

学科試験と魔物召喚が連動してるメインコンセプトの無茶ブリ、パラメーターを試験の点数とするアイディアは、あまりにもアホすぎて逆にグッときてしまった。ただ、面白いといえば面白いんだけど、物語がより(RPGやSLGといった形而下的意味における)ゲーム的になってしまっていて、それはやりすぎなんじゃないのかなぁ、とも思うのだった。もう少し、数値化じゃない部分での「なにか」がないと、本当に単なるゲームノベライズみたいなのだよね。きょうび、ノベライズのほうがもっとドラマツルギーを考えているような気がするのだが。

そんな微妙にネガティブな感想ではあるのだが、しかし勢いとバカバカしさに関しては、アリかな。こういう話ばかりになってしまうのは考えものだが、たまにジャンクフードを食べたくなるようなそんな気分で読み求めることもあるというわけである。

ちなみに一番笑ったのは、章ごとのイントロQ&A。これじゃ大喜利だよ。

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バカとテストと召喚獣 Book バカとテストと召喚獣

著者:井上 堅ニ
販売元:エンターブレイン
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2007年4月 2日 (月)

マリア様がみてる あなたを探しに

なんか淡白な印象だった。多分、これまで長きに渡って引っぱってきたドリルのスール問題がとうとう解決するわけだが、それがこう、ドタバタジタバタしながらズバーン!と盛り上がってふたりの愛を再認識、みたいなドラマチックな展開ではなく、淡々と心情を吐露しながらほころびを補正していく毒気の抜けた瞳子とそれを見守る祐巳。というなんとも(物理的に)動かない話で、あれれ?と、すかされた感じがなきにしもあらずであったせいだ。

まあ、それでもお互いの手をぎゅっとにぎりしめて、やがて抱きしめあって、というビバ!ライト百合っぺなシチュエーションはあったので、よしとするか。本格的なラブラブでダメダメなカップル展開は次回以降をお楽しみということで、許しましょう。

しかしドリルって祐巳のこともっと最初っから好きだったと思ってたんだけどそうでもなかったのね。まあ、結局、好きになったわけだからいいんだけどね。

あと、早くも後輩ちゃんに簡単に操縦されちゃってる由乃んが、可愛らしいぞ。と思ったっす。

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マリア様がみてるあなたを探しに Book マリア様がみてるあなたを探しに

著者:今野 緒雪
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2007年4月 1日 (日)

我が肉に群れ集い喰らえ

自他ともに認める(いや認められても困るのだが)エロヲヤジである自分は、もちろんR18マンガも読みますとも。筋金入りですとも。と云っておきながら、実際には新刊即買を決めているマンガ家はかなり少ないのです。具体的には2名しかいません。その一人が、水無月十三なのです。

マンガは多かれ少なかれ特化された文法によって描かれています。実体をマンガという絵に変換するのは、単なるデッサンでは成立しません。マンガ絵としての翻訳作業をする必要があるのです。その技法については過去様々な作家が見い出し、そして今もまた見い出され続けているのです。
R18系についてもしかりで、顔、胸、秘所、諸々の身体を表現する場合にも、実際の人間を紙上に落としこむだけではなく、意識的あるいは無意識的に過去より蓄積されてきた文法記号によって表現されるのです。例えば、胸が揺れる表現として乳首のトーンをずらし残像として描く。とか、そういった動作表現は顕著な例でしょう。
裸という立像は明確な区切りがなくグラデーションによって立体として認識されます。これがマンガとなる場合、モノトーンで、しかも線で、裸を表現するには実はどこに線を置くのか、ということそれ自体が技術であったりします。R18マンガは、だから実は、単純な線でいかに裸をリアルに表現するかの実験場であるともいえるのです。

しかし反面、過去に現れた技巧を単純に模倣してもマンガとしては成立します。むしろそのような記号論で描いている作家のほうが多いともいえます。しかしそれは、記号であって、実像の絵ではない。そう自分は思うのです。つまり自分は、肉体としてのリアリティをシンプルに表現した、肉体が感じられる絵が好きなんですよ。水無月十三はそんな自分の要求をかなえている数少ない作家であるのです。
(ちなみに即購入しない作家にもお気に入りはいるのですが、多作家だと追いきれないんですよ、なんちゅー我儘なんだ、自分)

今回の収録作では、やはり表題作が出色の出来で、そりゃもうギュインギュインですよ。そりゃR18は所詮ヤルことを描けばいいっちゅーもんなんですけれど、多少なりともストーリー性というか、シチュエーション性というか、行為に至るまで、あるいは至った結果があるほうが渦き力は高いみたいです。まあ、そりゃあれか? 単にモロだけだとコーフンできなくなったっちゅー、つまりはヲヤジになったってことか? それはちょっとなぁ。 

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