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2006年9月29日 (金)

墓場鬼太郎(1)

実は水木マンガをきちんと読んだのははじめてだったりする。鬼太郎の元々の話ってひどかったんだなぁ。正義妖怪でもなんでもねーじゃん。異質な存在が普通に地続きで存在し、人を巻き込んでいくという災厄のあり方は、実はかなり妖怪的といえる。キャラクターとしての妖怪ではなく、現象としての妖怪という意味だが、本来妖怪とは、現象に実体を人間が与えたものだからね。

絵が「ぽわ~」という水木絵じゃなく、アーリーアメリカンコミック風なのがまた新鮮。けっこう好みかもしらんな。

墓場鬼太郎 (1) Book 墓場鬼太郎 (1)

著者:水木 しげる
販売元:角川書店
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世界の孫(1)

バカだなぁ。「お孫さん」というトンデモネー設定が完全に活かされているのかどうかは判らないが、とりあえずアッパーおバカなスラップスティックではある。香港映画好きとしてもお楽しみだ。

ところで、枠線の描き方が黒線一本でぎゅっと描かれているのが凄く新鮮でした。

世界の孫 1 (1) Book 世界の孫 1 (1)

著者:SABE
販売元:講談社
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ヤクザガール・ミサイルハート

ライトノベルジャンルとしての分類としては、ツンデレ属性の美少女による超人バトル小説。まんまのベタネタである。普段なら却下なのだが。なぜか惹きつけられてしまうんだよなぁ。魅力があるんだよなぁ。大戦に負けなかった日本というパラレルワールド。ヤクザの抗争。異世界のテクノロジー(あるいは魔術)。ガジェットとして王道(?)であるがために、作者の文章力が如実に問われるところだが、ヘンにライトノベル的萌えに逃げず、真っ直ぐに向き合っている気がしたのだ。

それは登場人物にもいえる。話自体は物凄く殺伐としているにもかかわらず、しかしとてつもなく健全な物語だなぁ、という印象なのだが、それは、登場人物が鬱屈せず、屈折せず、自己と他者に正面から向き合っている。向き合って、考えて答えを出しているのだ。自分は、レゾンテートルに悩む若者の成長痛小説を愛する屈折した人間ではあるが、だからこそ本作のように真っ正直な話に出会うとその清々しさに惚れてしまったりするのだな(もっとも設定自体はかなり屈折しているけれどね)。

だからといって不満がないわけではなく、せっかくヤクザの鉄砲玉/アサシンという異能者の最上級としてのミサイルが、絵づら的には美しいかもしれないけれど、思ったよりも究極の暗殺者的ではない肩透かしは、あれれだったりする。ま、でもそれは自分の好みの範疇なんだろうな。

このまま、面白い小説となるのか、あるいは、普通のライトノベルに堕してしまうのか。ちょっと楽しみである。

ヤクザガール・ミサイルハート Book ヤクザガール・ミサイルハート

著者:元長 柾木
販売元:竹書房
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2006年9月26日 (火)

ジョン平とぼくと

「魔法」という設定に対して実に真摯に向き合っているな、という印象であった。「魔法」という現象/技術/社会を、安直に取り上げるのではなく、そこにあるべき根拠と概念について理性的に構築されている。情緒に流されず、そして細部に目配りができている。ゆえに破綻がない。解説の小川氏が書いているとおり、これは科学なのだ。と自分もそう思う。正確には科学する心が宿っている作品であると思う。

ストーリー自体は、大雑把にくくればハリポタのそれだよなぁ、と思わないでもない。魔法(と使い魔)が存在する世界での学園生活。謎の事件の発生。そして解決。
しかし、物まねっぽい感じがないのは、使い魔というパートナーの存在が強くオリジナリティを主張しているからだろう。詳しく説明することはしないが(読んでくれれば判るから)、使い魔という設定はかなり魅力的で、ペットであり家族であり、そして社会的位置づけに対する考察もできる存在。面白い。個別の特異(得意)能力を設定することで、ライトノベル的異能も成立している(が、この点については、良し悪しが分かれるところで、もっとフツーでもいいんじゃないのと思う気持ちもある)。

自分の中では、感性という名のダダ漏れ文章ではなく、その点において、ライトノベルというにはかなりジュブナイル的。どちらがよいとか悪いとかいうものでもないが、少なくとも、この手の物語が氾濫している昨今、しっかりと考えられたエブリデイマジック系(でいいんだよな?)の物語として、気持ちよく読むことができた。

ところで、自分的にはジョン平の声はリーヤこと(笑)香取慎吾だったんだけど、どうかな?

ジョン平とぼくと Book ジョン平とぼくと

著者:大西科学
販売元:ソフトバンク クリエイティブ
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さよなら絶望先生(5)

相変わらず毒吐いているなぁ。いや、個人的にはこのまま「絶対メジャーには(アニメとかドラマとかの、ね)なれませんよ」的確信犯を続けていって欲しいところではある。

それにしても、すでにネタが風化しているところもあったり、そもそも自分に判らないネタあったり、というわけなので、補足説明なんかがあると爆笑(毒笑か?)度も増すのではないかとも思うが、そんな危険な暴露は無理だろうな。そしてネタの説明ほど恥ずかしいものはないという原理原則に従えば作者悶死。みたいな。

がんがれ!

さよなら絶望先生 5 (5) Book さよなら絶望先生 5 (5)

著者:久米田 康治
販売元:講談社
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2006年9月25日 (月)

言い訳的予告

個人的なよんどころない事情により、更新が遅れています。数は少ないと思いますが、楽しみにされている方にはたいへん申し訳ない。

本自体は、硬軟取り混ぜて(軟だけかも)、7冊ほどが未アップの状況です。今週中には追いつきたいと思っていますが、そこらへん気長にお待ちいただけると、気が楽ですので、よろしくお願いいたします。

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2006年9月18日 (月)

トキオカシ

基本的に文章がヘタではないのだけれど、なんか書きっぷりがアンバランスな感じがする。書き込むべきことを書き漏らし、書く必要のない瑣末に注力したりする。文章構成の居心地の悪さ。なんかね、けしてダメといえるだけの悪文ではないのに、なんか引っかかってしまう。

どのような物語も多かれ少なかれ、ステレオタイプ化は起こり得るものだが、それを文章力や構成力で読み物としてのオリジナリティに昇華していくものだと思う。エンタテイメントとしてよりゲーム的要素の強いライトノベルは特にそれが作品のでき不出来につながっていくのだ。その意味において、この作品は、アイディアとしての新鮮味もあるし、自己の主張があるとは思う。
が、ところどころに気が抜けたように段取り化してしまうのだ。
例えば。時置師に関する設定は面白いのだが、しかしかなり複雑なのだ。それは別にいいのだが、その説明がいきなり延々と続いたりする。また展開についても、村の老人から情報を得てイベントが発生するというようなRPGゲームのフラグ立て的な印象が非常に強い。そうなのだ、結局、ゲーム的なのだ。段取りになっているのだ。

さらに、今まで書いたことと相反してしまうかもしれないが、作者は文章が上手ではないと自分は感じた。必要なことを書かず不必要なことを冗長に書いているように思う。
例えば、会話文で高校生が「存命している」というような云いかたをするだろうか。この作家は無意識的に漢字を熟語漢字を使ってしまう傾向にあり、それが、文章の流れの硬さ、違和感につながっている。
また、「受け身を取れずにしりもちをついた」という表現があるが、主人公は帰宅部であるという記述のみしかなく逆説的に運動能力素養はないととれる。にも関わらず受け身というテクニカルタームを使うということは受け身という技術を身につけているという意味を示し、キャラクター造形上のアンマッチを起こしている。普通に「転んだ」と書くだけでいい場面だと自分は思うだが。事ほど左様に不要な部分の記述に力を注いでいるように読めるのだ。
逆に人物造形は雑で、ヒロインがツンデレ設定なのかもしれないが、中途半端で性格がようわからない。主人公も然りで、内省的なようで、ヘンなツッコミをするし、登場人物全員がどうもキャラクターは安定していない。

これは推測なのだが、あとがきが好きと書いていることからも、作者は筆がどんどん進むタイプの書き手なのだろう。しかしそれは、ともすれば筆がすべる。こぼれる。という全体の目配りが欠ける可能性も大きくなる書きかたなのだ、と自分は思う。もっと整理してほしいな、と思う。せっかく面白そうなアイディアを見つけ出したのだから、ヘンにライトノベル的迎合をするような修飾はカットして、シンプルにいってほしいなぁ、と思うのだった。

トキオカシ Book トキオカシ

著者:萩原 麻里
販売元:富士見書房
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2006年9月16日 (土)

太陽がイッパイいっぱい

前半は木更津キャッツアイを髣髴させるシロート野球に精を出す(世間的には)ドロップアウト寸前の青春群像、中盤ではIWGPっぽく熱いストリートギャングの物語へと変化し、そして親子や家族、仲間の結びつきを描く人情モノとなり、最後は主人公の成長(と自覚)の物語へと帰結する。そんなわけで全体のトーンがさまざまに変化していくのだった。ともすれば一体感に欠けた話になってしまう可能性があったのだけれど、ギリギリのところでひとつの話としてとどまっている。それは、マルショウの連中の一体感が上手くまとめているのかもしれないし。あるいは単に関西弁で語られている物語だからかもしれないが。いずれにせよ、一気呵成に読みきることのできる青春モノだった。読後感は悪くない。

汗かいて疲れて酒飲んでまた明日、というシンプルなガテン系の生きかたは、自分にはいまひとつ合わないところもあって、そこに羨望はないのだけれど、そして、濃密な人間関係についても同様なのだけれど、しかしそこに浸ってしまえば心地よいのかなぁ、とは思うな。

ところで関西弁の言語感覚の面白さってのは単純に感じるところで、そうか関西ではそういう云いかたすんのんかいなと感心したのは「芯を入れる」。なるほど確かにそんな感じそんな感じ。とヘンに感心しつつ納得しました。

それにしてもさ。どんなに悩んでもいろいろあってもメロンちゃんがいるんだから、ずるいよな、主人公。

太陽がイッパイいっぱい Book 太陽がイッパイいっぱい

著者:三羽 省吾
販売元:文藝春秋
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2006年9月13日 (水)

不味い!

珍味というものは、ダイレクトに美味しいに結びつくことは少なくて、どこかワンクッションあって、美味しいにつながるものだ。そのワンクッションを見出せなかった場合は、不味い。になってしまうのだろうなぁ、きっと。

美味しさについては、やはり食べ慣れ飲み慣れという要素が強いので、なかなかチャレンジャーな味覚体験をしていこうとすることは勇気がいることだと思う。そういう部分で、筆者に対しては敬意をはらいます。まあ、自分もけっこう冒険者なもんで、失敗することも多いのだけれど、それにしても虫なんかにはさすがに無理だもんね。

くっさい料理に関していえば、自分はアリで、納豆もくさやもブルーチーズも大好物。いろいろ攻めていきたいところで、特にシュールやホンオは、一度体験したい食のひとつ。いずれは食べてみたいですね。そして愕然とするのだ。

不味い! Book 不味い!

著者:小泉 武夫
販売元:新潮社
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2006年9月12日 (火)

夜のピクニック

注意! 文中に作品の謎に関する妄想が書いてあります。

すごい力技の小説だったなぁ。実際、一昼夜歩きとおすという仕掛けだけで、他に謎も事件もない。ただ歩き続ける中で交わされる会話(あるいは告白)だけがすべてであり、そしてそれだけでこれだけの物語を読ませてしまう。正直、その筆力の確かさに驚いた。

内容については、本屋大賞受賞作でもあり、他でいろいろ語られているので、自分はあえて繰り返しません。とにかく面白かったし、読むべき本だったな、とだけ書かせていただきましょう。

あ、ただ、あれだ。中盤に登場する人物が実は存在しなかったというオチになるんじゃないか。それって恩田陸っぽいよなぁ、と最後の最後まで、どんでん返しがくるんじゃないかと思って、ちょっとドキドキしたことだけは付け加えておきましょう。

ところで、ああ、恩田陸だなぁ、と思ったのは人物名称。融とか忍とかって、典型的な恩田小説における少年の名前の命名パターンじゃあないですか。多分、ここだけ読んで、これって恩田作品じゃないかしらん、と判る人いるだろうなぁ、と思ったっす。

夜のピクニック Book 夜のピクニック

著者:恩田 陸
販売元:新潮社
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2006年9月11日 (月)

電撃!!イージス5 (1&2)

基本的には、システマチックに著作されたライトノベルであることは紛れもない事実である。つまり、基本的な設定からキャラクター接待、背景など、ライトノベル(あるいは萌え小説)として、意図的に設計されているのだ。これはこの小説の成立由来自体が、あとがきにもあるとおり、ゲームであったということから容易に推察されよう。故にストーリー展開もまた容易に推測できるもので、定番的、ステレオタイプのそれであるといえる。

じゃあ、だからどうなんですか? という感想になるんだけれども、いつもならばステレオタイプはダメじゃん、と云ってはばからない自分なのだが、今回については、意外や意外、結構楽しく読んでしまったのであった。それはやはり作者のリーダビリティに負う所大で、登場人物が、実に生き生きと描かれているせいなのだ。本来典型的設定において没個性になるべき彼らを魅力あるキャラへと昇華できている。読んでいてそう思ったのだった。

例えば、クライマックスでの展開は、どう見ても「長門@ハルヒ」でしかないし、一歩引いて読めば単なるセルフパロディでしかないのかもしれないが、それでも許せてしまうのは、それをフォローする個々のキャラクターが、己のロールを守りつつも、ロール自体にやらされている感が出ないようになっているせいだと思う。多分、一歩突っ込んだ暴走表現(例えばガニメーデスなどがそれだ)がアッパーなドライブ感を生んでいるのかもしれない。

もうひとつ重要なのは、DT的妄想充足型ではなく、(少なくとも登場人物的には)ストイックであることも好意的印象につながっている。リアリティない設定でぐちゃぐちゃな関係を展開されるのが嫌いなんだよなぁ。だから、リアルライフを描こうとするのではなく萌えねらいの小説ならば、朴念仁くらいがちょうどいいと思うのだよね。

あとは、だらだらと巻を重ねず、2巻で完結という潔さも好意的な感想につながっているかもしれない。

繰り返すが、ステレオタイプの小説でよしとするつもりは毛頭ない。むしろ多少若書きでも雑でもいいから、オリジナルなものを生み出そうとする意欲を自分は評価していきたいし、それは今後も変わらないだろう。しかし、それはそれとして、今回はフロックとして、読む前の予断からは、かなり外れて堪能できた作品であったのだと告白しておきたい。

(単に萌え的設定からすると、ツンデレがヒロインになるのはどうかと思うんだけどね。自分、天然に弱いもんでねぇ)

電撃!!イージス5 Book 電撃!!イージス5

著者:谷川 流
販売元:メディアワークス
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電撃!!イージス5〈Act.2〉 Book 電撃!!イージス5〈Act.2〉

著者:後藤 なお,谷川 流
販売元:メディアワークス
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2006年9月 6日 (水)

マルタ・サギーは探偵ですか?

一般的に好評らしいが、すみません、正直、自分にはダメでした。あまりにもリーダビリティが感じられず、読むのが苦痛でした。
分析的にみると、まずはキャラクターの書き分けができていないこと。ほぼ同年代の男性ばかりが登場するのはいいのですが、文章として性格や口調など、特長付けがなく、誰が誰やら何がなにやらつかみづらいのですね。
また、主人公の性格が、ひねているのか純なのか、登場ごとに違い安定しておらず、感情移入もなにもできません。できなくてもいいのですが、先に書いたとおり書き分けができていないのであたかも複数の人間が登場しているようにみえてしまうのです。
基本となる設定はそれなりに魅力的なのですが、説明が中途半端なため隔靴掻痒で設定上のカタルシスが得られないというのも問題でしょう。せっかく榎木津ばりのとんでもない名探偵設定で面白味につながりそうなのに、それが活きてこないのです。

おそらくそれを許容できる読み手なら、これは面白い物語だと思います。面白くなる素地はあるなと自分でも思いました。ただそれを十分に表現しきれていないというのが非常に残念です。本来なら、もう追わないつもりなのですが、今後改善があるのか等、気にはなるのでちょっと逡巡中といったところですね。

あ、これは好きずきなんだけど、ボーイズラブ系のにおいがしてしかたがないんだよなぁ。どうせなら本気でそっち方向にふっちゃえばいいのにね。

マルタ・サギーは探偵ですか? Book マルタ・サギーは探偵ですか?

著者:野梨原 花南
販売元:富士見書房
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2006年9月 5日 (火)

クマムシ?!-小さな怪物

久しぶりに生物魂をくすぐられたよ。実にインタレスティングかつエキサイティングな一冊だったなぁ。はじめは割と硬めの文章だったのが、研究の(というよりも観察実験だな)記録を記す中盤以降は、筆者もノリノリで、ああ、楽しんでいるんだなぁと、気分が伝わってくる。クマムシの生態を俯瞰しつつ、研究者としての探求心と遊び心が文章に現れ出てきていて、「そうそう、そうなんだよ」と、思うことしきりでした。

クリプトビオシスという単語を覚えた。自分も隠遁生活したいなぁ、と思った。もっとも干からびたくはないけれど。それにしても、クマムシ。可愛いヤツだね。自分も探してみたくなったっす。顕微鏡どこにしまっておいたかなぁ。

それにしても、この本、自分が買ったのは第2版だったんだけど、初版から4日後なんですよ、大評判なんだかねぇ。

クマムシ?!―小さな怪物 Book クマムシ?!―小さな怪物

著者:鈴木 忠
販売元:岩波書店
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2006年9月 2日 (土)

涼宮ハルヒの憂鬱(1・2)

なんとなく勢いで読んでしまったが、どうだろう。複雑な感想ではあった。
自分は、基本的に二次生産物的コンテンツというものをあまり好きじゃないので、映画のノベライズ、とか、小説やTVのマンガ化、とか、その手のコンテンツには辛口なのだ。しかしながら、というか、そのせいで、というか、再生産する際のオリジナリティという点において、マンガ化する上でのアレンジについては肯定派なのだ。
しかし、この場合はね。小説が描いていたものは、主人公ハルヒの焦燥と諦念がキョンの存在によって、現実(未来)への肯定に変化していく過程にあると思うのだが、これではヘンにテンションが乱高下する気まぐれなツンデキャラのような気がする。キョン自身についても翻弄されつつも一歩引いた韜晦と達観によるあると思うのだけれど、本気で翻弄されるダメキャラになってしまっているようにみえる。基本的なエピソードについては、同じだが、描き方を微妙に変化させることでそのハルヒ的な部分を失ってしまっているように思うのだ。
(その点においてアニメ化は非常に上手く成功している。おそらくはモノローグによって展開する脚本構成と、単純に時間をかけて描いたという物理的な要因なのかもしれないが、それ自体、製作者にそうすべきという解釈(理解)があってできるものだろう)

また、世間でのハルヒ現象においては、読み手側は勝手に萌えているかもしれないが、小説そのものは萌えを狙っているわけではない。しかし、マンガは意識的に萌えスジを正確にトレースしており、それもまたこの物語の抱える本意ではないように思う。

まあ、そんなわけで、小説のマンガによる再現を求めて読むと違うなぁ、と思うところは多かった。逆に完全に萌えマンガとして読めば、これほど的確に楽しめるものはないんじゃないかなぁ、とも思うのであった。

涼宮ハルヒの憂鬱 (2) Book 涼宮ハルヒの憂鬱 (2)

著者:ツガノ ガク,谷川 流,いとう のいぢ
販売元:角川書店
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涼宮ハルヒの憂鬱 (1) Book 涼宮ハルヒの憂鬱 (1)

著者:ツガノ ガク,谷川 流,いとう のいぢ
販売元:角川書店
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重力ピエロ

深遠なる警句。軽妙な表現。これぞ伊坂の物語。ミステリーのフォーマットで描き出される物語は、形容詞なしの「小説」というしかないであろう。

それにしても、非常に読み方が難しい物語であったことは否めないな。内容が、ではない。おそらくは面白いが故の欠点(?)とでもいうべきだろう。一章一章があまりにも寓意と示唆に満ちたアフォリズムあふれる完成度であるため、じっくり読むべきか、一気に読むべきなのか、自分は迷ってしまい、結局、じっくり読むことを選んだのだが、果たしてこの物語はその読み方でよかったのだろうかと、読み終わった今、結構後悔している。その読み方は、伊坂寓話を丹念に味わい尽くす事はできるが、物語としてのつながりや勢いを削いでしまったような気がするのだ。やはり、一気呵成に伊坂世界に没頭すべきだったのかもしれない。そう思う気持ちは強い。何しろ、ひと月以上かかってしまっているからね(まあ、あいだにいろいろ入れ子読みしてたってのもあるんだけど)。
多分。一気読みして、そのまま味わいながら再読するというのが、正しい伊坂の読み方なのではなかろうか。

とはいうものの、どのような読み方でも作品そのものの魅力を減じることはない。実際、ページをめくっているときの幸せは、滅多に味わえない本であるからね。

重力ピエロ Book 重力ピエロ

著者:伊坂 幸太郎
販売元:新潮社
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